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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)1854号 判決 1966年12月22日

名古屋市中川区西日置町四丁目三番地

原告

愛知交通株式会社

右代表者代表取締役

近藤三郎

右訴訟代理人弁護士

高橋正蔵

辻巻真

辻巻淑子

半田市南末広町一三番地

被告

中村卯助

同所

被告

藤本玉江

右両名訴訟代理人弁護士

橋本福松

右当事者間の昭和四〇年(7)第一八五四号金員支払請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告中村卯助は原告に対し金一一七万四、一七六円及びこれに対する昭和三九年八月一五日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被告藤本玉江は原告に対し金五一万九、〇七〇円及びこれに対する昭和三九年八月一五日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は、原告において被告中村卯助のために金四〇万円、被告藤本玉江のために金二〇万円の担保を供するときは、その被告に対し仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、中川税務署は原告の昭和三五年度(同年四月一日より昭和三六年三月三一日まで)分の所得調査の結果、昭和三九年二月一〇日原告の元代表取締役であつた被告中村及び元取締役であつた被告藤本に対する次の認定賞与(以下本件認定賞与という)を決定した。

(1)  被告中村に対し、(イ)東海銀行袋町支店片岡彰男名義簿外定期預金一〇〇万円(昭和三五年五月七日解約)、(ロ)同銀行四日市支店橋本弘之名義簿外定期預金一〇〇万円(同月一六日解約)、(ハ)右各定期預金の利息一一万一、七五〇円の合計二一一万一、七五〇円(以下本件簿外定期預金という)

(2)  被告藤本に対し別紙目録記載の物件(以下売却物件という)を昭和三五年六月二五日原告より被告藤本に低廉譲渡したことによる売却損一二五万六、九四八円(以下本件売却損という)

二、被告らに対する本件認定賞与の所得税については、原告において源泉徴収をして政府に納付していなかつたので、中川税務署は昭和三九年三月一〇日旧所得税法(昭和二二年法律第二七号以下法という)第四三条第一項により原告に対し被告中村に対する所得税一一七万二、一四六円(本税八六万二、二六六円、不納付加算税二一万五、五〇〇円、旧利子税九万四、三八〇円)及び被告藤本に対する所得税五一万六、七二〇円(本税三八万一一〇円不納付加算税九万五、〇〇〇円、旧利子税四万一、六一〇円)の支払方を請求して来た。原告は同年四月九日被告らに対する右各所得税を政府に納入した。

三、更に中川税務署は同年八月一四日原告に対し新利子税として、被告中村に対する分二、〇三〇円及び被告藤本に対する分二、三五〇円の支払方を請求して来たので、原告において同日被告らに対する右各新利子税を政府に納入した。

四、よつて、原告は法第四三条第二項に則り被告中村に対し一一七万四、一七六円(前記二の所得税と三の新利子税の合計)、被告藤本に対し金五一万九、〇七〇円(前記二の所得税と三の新利子税の合計)の支払を請求する権利があるので、被告らに対し右各金員及びこれに対する支払日の後である昭和三九年八月一五日以降右支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による利息金の支払を求めるため本訴に及んだのである。

原告訴訟代理人は、被告らの抗弁に対し

一、被告ら主張の一の事実の内半田税務署が本件簿外定期預金及び本件売却損につき被告中村の一時所得と認定し、被告ら主張の頃被告中村に対しその旨の通知をしたこと、同被告が被告ら主張の頃右認定に対し異議申立をなしたところ、半田税務署において昭和三九年四月一日右認定処分を全部取消したことを認めるが、その余の事実を否認する。右取消によつて確定されたのは、本件簿外定期預金及び売却損が被告中村の昭和三六年度の一時所得に該らないということだけであつて、被告らが主張するように本件簿外定期預金及び売却損につき被告において何らの納税義務を負わないことまで右取消により確定されるものでない。

中川税務署が被告らに対する本件認定賞与の課税決定をしたことは同税務署より被告らに通知されている筈である。

原告としては、本件認定賞与の課税決定につき不服があつたので、昭和三九年四月一一日中川税務署へ異議の申立をしたところ、同年六月一八日右申立は棄却された。原告は更に同年七月一一日名古屋国税局へ審査の請求をしたが、右請求も同年一一月二六日棄却されてしまつた。原告は右異議申立及び審査請求において本件簿外定期預金及び売却損を被告らの認定賞与とすることについて反論を主張したのであるが、税務官署においてこれを容れなかつたのである。そこで原告は本件認定賞与の課税処分に服することにしたのである。このことから被告らが原告の右不服申立に協力したとしても右課税処分の変更を望み得なかつたこと明らかである。

従つて被告ら主張の一は理由がない。

二、被告らは、本件認定賞与の課税処分につき中川税務署より通知を受けているものであるから、右処分に対する異議申立及び行政訴訟提起の機会を有したものであり、従つて被告ら主張の二及び三は理由がない。

三、被告ら主張の四の事実を否認する。原告の営業権を原告へ譲渡するということはあり得ないことで、この点において被告ら主張の四は理由のないこと明らかである。なお被告中村が原告の営業権等の譲渡につき契約をした相手方は訴外名古屋鉄道株式会社である。そして正確には右営業権の譲渡は被告中村と右訴外会社との間で被告中村の所有する原告の株式を売買するという形式で行われたのである。従つて、右売買についての約定は原告には関係のないことである。

と述べ、証拠として、甲第一号証の一ないし四、甲第二号証の一、二、甲第三号証、甲第四号証の一、二、甲第五ないし第一六号証を提出し、証人佐々木敏彦の証言を援用し、乙第二号証中公正証書正本の部分は成立を認めるが、その余の部分の成立は知らない。乙第一号証、乙第三号の一、二、乙第五ないし第九号証の成立を認めると述べ、乙第四号証の成立については何も述べなかつた。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因中その一ないし三を認める。その四を争うと述べ、抗弁として

一、本件簿外定期預金及び売却損に関しては、半田税務署において被告中村の一時所得であると認定し、昭和三八年五月二〇日被告中村に対しその旨の通知をした。同被告は、右認定に対し同年六月二八日同税務署に対し異議申立をしたところ、同税務署において昭和三九年四月一日被告中村の異議申立を容れ右認定処分を全部取消した。

(1)  本件簿外定期預金は、原告の負債弁済に充てたもので、被告中村の所得に帰したものでなかつた。即ち

(イ)  昭和二五年当時旅客自動車運送業は法人のみに認許され、個人には許されなかつた。その頃訴外中山信之は、旅客自動車運送業の経営を望んでいたが右のような事情であつたため、当時の原告の代表者であつた被告中村に対し原告の大須営業所(自動車一〇台)の営業権利の貸与方を懇願した。被告中村は、訴外中山の右懇願を容れ同人に右営業所の実質的経営を許したが、その際同訴外人をして原告に対し自動車一台につき相当の保証金を差入れることを約させた。右約により右訴外人から原告に対し保証金(認可車輌の権利金が昂騰する都度保証金を増額)が差入れられたが、原告の帳簿上預り保証金として計上することは陸運局の監査の際運送法違反として摘発される虞があつたので、原告はやむを得ず右保証金を簿外負債とし、定期預金も簿外資金として処理し、預金利息はそのまま預り金利息として積立てられていたのである。それが本件簿外定期預金である。

(ロ)  しかし、昭和三四年に至り名義貸問題に対する陸運局の監督が厳しくなつたため、同年一二月訴外中山が被告中村に対し前記営業所の経営権の返還を申出でたので、同被告は右申出により訴外中山よりの預り保証金二七六万円を返還することになり、本件簿外定期預金及びその利息をもつて右預り保証金返還に充てたのである。

(2)  次に、原告から被告藤本に対する売却物件の譲渡は右譲渡の行われた昭和三五年六月二五日当時における適正価格によつてなされているものであり、低廉譲渡ではない。即ち、右譲渡当時売却物件の内建物は昭和三四年九月二六日の伊勢湾台風による破損甚しくその価値は非常に低下しており、又売却物件の内地下油槽は殆んど無価値に等しかつたものである。

(3)  そこで、被告中村は、前記異議申立においてその理由として右の(1)及び(2)の事実を主張し、半田税務署は右主張を容れた結果前記のように被告中村に対する一時所得認定処分を全部取消したのである。従つて、右取消しにより被告らは本件簿外定期預金及び売却物件の譲渡については何らの納税義務のないことが確定されていたのである。

ところで、中川税務署は本件簿外定期預金及び売却物件の譲渡につき被告らに対する本件認定賞与の課税決定をし昭和三九年三月九日頃原告に対し右決定を通知したのであるが、原告において、これにつき被告らに対し何の連絡通知をなさず、更にその後の右決定に対する不服申立、所得税、新利子税の納付等も被告ら不知の間に行つたものである。若し原告が、右決定の通知を受けた後被告らにその旨の連絡をしておれば、被告らは、前記のように本件簿外定期金及び売却物件の譲渡について何らの納税義務を負つていないのであるから、原告の不服申立につき協力し税務当局をして右不服申立を認容させることができたのである。しかるに、原告は被告らに何らの通知や連絡なしに不充分な理由によつて不服申立をし、それが容れられなかつたところ漫然行政訴訟提起期間を徒過して前記課税決定を確定させ、これにより原告主張のとおり所得税等を納付するに至つたのであるから、原告は、自らの重大な過失により右所得税等を納付するに至つたものであり、従つて、右納付にかかる所得税等につき被告らから支払を受ける権利がないものである。

二、仮に、右が理由のないものであるとしても、原告は右のように前記課税決定につき被告らに対し何らの通知をなさず、被告らをして右課税決定に対する異議申立及び行政訴訟提起の機会を失わしめたことは信義誠実の原則に反し且つ権利の乱用であるから、原告の本訴請求は許されない。

三、仮に、右が理由がないとしても、原告が右のようにして被告らをして右課税決定に対する異議申立、行政訴訟提起の機会を失わしめたのは原告の重大な過失に起因するものであるところ、被告らは、原告の右不法行為により憲法第三二条に規定する裁判所において裁判を受ける権利を奪われた結果となり、原告が被告らに対し請求する金員と同額の損害を蒙つたことになる。

被告らは本訴において原告に対する右損害賠償債権をもつて原告が被告らに請求する債務と対当額において相殺する。従つて原告の請求は失当である。

四、仮に、右が理由がないとすれば、次ことを主張する。被告らは原告を設立しその経営にあたつていたが、その営業権等を原告に譲渡し該契約に基づき順次それぞれ受渡をなした上最後に昭和三六年五月頃原告側より訴外佐藤英雄、同加藤元貴、同近藤三郎らが出席し、被告ら側から訴外加藤照三、同矢木清七、被告藤本らが出席し、右譲渡代金八七〇万円を授受した際訴外佐藤英雄は「これで営業権等の譲渡契約については双方がよく検討して一切契約の履行がなされたのであるから、当事者双方は今後如何なることがあつても互に何らの請求をしないこととする。」旨言明し、出席者一同これを承諾した。従つて被告らに対する原告の本訴請求は失当である。

と述べ、証拠として、乙第一、第二号証、乙第三号証の一、二、乙第四ないし第九号証を提出し、被告本人中村卯助の尋問の結果を授用し、甲第一号証の一、二、甲第二号証の一、二、甲第五、第六、第八、第九号証、第一二ないし第一六号証の成立を認めるが、その余の甲号各証の成立は知らないと述べた。

理由

中川税務署が原告の昭和三五年度(同年四月一日より昭和三六年三月三一日まで)分の所得調査の結果、昭和三九年二月一〇日原告の元代表取締役であつた被告中村及び元取締役であつた被告藤本に対する本件認定賞与の決定をしたこと、被告らに対する本件認定賞与の所得税については、原告において源泉徴収をして政府に納付していなかつたので、中川税務署は昭和三九年三月一〇日法第四三条第一項により原告に対し被告中村に対する所得税一一七万二、一四六円(本税八六万二、二六六円、不納付加算税二一万五、五〇〇円、旧利子税九万四、三八〇円)及び被告藤本に対する所得税五一万六、七二〇円(本税三八万一一〇円、不納付加算税九万五、〇〇〇円、旧利子税四万一、六一〇円)の支払方を請求して来たこと、原告は同年四月九日被告らに対する右各所得税を政府に納入したこと、中川税務署が同年八月一四日原告に対し新利子税として被告中村に対する分二、〇三〇円及び被告藤本に対する分二、三五〇円の支払方を請求し、原告において同日被告らに対する右各新利子税を政府に納入したことは当事者間に争いがない。

そこで被告らの抗弁について判断する。

本件簿外定期預金及び売却損につき半田税務署において被告中村の一時所得であると認定し、昭和三八年五月二〇日被告中村にその旨通知したこと、同被告が右認定に対し同年六月二八日同税務署に対し異議の申立をしたところ、同税務署は昭和三九年四月一日右異議申立を容れ右認定処分を全部取消したことは当事者間に争いがない。しかし、右事実によると、右取消処分は本件簿外定期預金及び売却損を被告中村の一時所得であると認定した処分を取消したに過ぎないものであり、それ以上に被告中村或は被告藤本が本件簿外定期預金及び売却損につき何らの納税義務を負つていないことまで右取消処分によつて確定されるものでないこと明らかである。そしてこのことは、被告中村が右異議申立の理由として被告ら主張の事実を主張し、これが容れられた結果右取消処分がなされたとしても(被告本人中村卯助の尋問の結果により認められる乙第二号証、成立に争いのない乙第三号証の一二によると、本件簿外定期預金については被告ら主張の事実をもつて異議理由としているが、本件売却損については原告から売却物件を買受けた者は被告藤本であることを異議理由として主張していることが認められる)、右理を異にするものでない。

しこうして、被告らは「(1)本件簿外定期預金は、昭和二五年頃原告の代表者であつた被告中村が原告の大須営業所の営業権を訴外中山に貸与し、同人をして右営業所の実質的経営にあたらせたにつき同人より原告に差入れさせた保証金を預金したものであつたので、昭和三四年原告と訴外中山との間の右営業権貸与関係が終了したとき本件簿外定期預金を解約し同訴外人に対する保証金を返還した。(2)売却物件は昭和三五年の伊勢湾台風による被害によつて価額が減損していたから、原告から被告藤本へ売却物件が譲渡された当時売却損はなかつた」と主張し、被告本人中村卯助の尋問結果中には右に添う供述部分があるが、訴外中山に対し原告の大須営業所を実質上経営(ということは経営による利益を訴外中山に帰せしめるということである)させるのに、原告の方で訴外中山から何の対価をも得ないということは通常考えられないこと(この対価については被告中村は何も述べていないから無償であつたと認められる)。同訴外人への保証金の返還と本件簿外定期預金の解約との関係についての被告中村の供述があいまいであること等から前記(1)に関する供述部分に信をおき難く、また成立に争いのない甲第九号証によると、本件売却損は譲渡当時の売却物件の帳簿価額を基準として認定されたものであることが認められるところ、右帳簿価額が誤つているとの被告中村の供述に信を措き難いので前記(2)に関する供述部分も採用し難い。被告本人中村卯助の尋問の結果により成立が認められる乙第四号証も前記被告ら主張の事実を認めるに足る資料とならず他に右事実を認めるに足る証拠がない。

そうすると、前記取消処分によつて本件簿外定期預金及び売却損につき被告らにおいて何らの納税義務がないことを確定されたこと或は被告ら主張の前記事実により被告らが本件簿外定期預金及び売却損につき納税義務がないことを前提とし、原告が被告らに対する本件認定賞与の所得税を納付したのは原告の重大な過失に基づくとの被告らの抗弁は爾余のことを判断するまでもなく採用できないこと明らかである。

次に、原告が被告らに対する本件認定賞与の所得税決定につき被告らに対し何らの通知をなさず、被告らをして右課税決定に対する異議申立及び行政訴訟提起の機会を失わしめたことは信義誠実の原則に反し且つ権利の乱用である、との被告らの主張について考えてみる。成立に争いのない甲第二号証の一、二及び被告本人中村卯助の尋問の結果によると、原告において源泉徴収義務者として本件認定賞与に対する所得税を政府へ納付したことを被告らが知つたのは昭和四〇年三月八日頃であり、それ以前に原告が被告らに対し本件認定賞与のことについて通知していないことを認めることができるが、被告らは被告らに対する本件認定賞与の所得税の決定を知つた時からこれに対する異議申立、行政訴訟をなし得たものと解するので、被告らの右主張も採用できない。

右のように、被告らは、被告らに対する本件認定賞与の所得税の決定に対し異議申立、行政訴訟をなし得たものであるから、これらをなし得なかつたとして原告に対し損害賠償債権を有するとし、右債権によつて相殺するとの被告らの主張も採用できないこと明らかである。

次に、被告らは「原告を設立しその経営にあたつていた被告らが、その営業権を原告に譲渡した際、当事者双方は今後如何なることがあつても互に何らの請求をしないこととする旨の特約があつたから、原告の本訴請求は失当である」と主張するが、右のような事実を認めるに足る証拠がないので、右主張も採用できない。

そうすると、原告は法第四三条第二項により被告中村に対し金一一七万四、一七六円、被告藤本に対し金五一万九、〇七〇円の支払を請求することができるものというべく、原告が被告らに対しそれぞれ右金員及びこれに対する昭和三九年八月一五日以降支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による利息の支払を求める原告の請求は全部正当として認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟第八九条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 布谷憲治)

目録

一、名古屋市北区城見町二丁目八番

宅地 一〇五坪(三四七・一〇平方メートル)

二、同 市同区駒止町二丁目五番

宅地 八三坪九合八勺(二七七・六一平方メートル)

三、同所 六番

宅地 九九坪四合五勺(三二八・七六平方メートル)

四、右一の宅地上の建物七一坪一合一勺(二三五・〇七平方メートル)及び地下槽

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